第1689回(R2.11.11) 通常例会

令和2年11月11日(水) 第1689回 通常例会


〇会長挨拶

 本日のゲストを紹介します。

・米山記念奨学生 ディハール・ディパンジャナさん

・滝川ロータリークラブ 入井 浩樹 様(米山記念奨学・学友委員会 副委員長)

・江別ロータリークラブ 鷹架  諭 様(同 委員)


〇会長報告

 新型コロナ禍の影響もあり11月25日に予定していた夜間例会については休会とします。また、その後の例会については本日の理事会で判断したいと考えています。

 先般、山田ガバナー補佐から要請のあった第5グループから来期ガバナー補佐を人選する件については、有田会員にお願いした結果、快くお引き受けいただきました。


〇ビジター挨拶

・米山記念奨学・学友委員会副委員長 滝川ロータリークラブ 入井 浩樹 様

 滝川ロータリークラブの入井です。本日は米山記念奨学会の現況について若干お話しします。現在、コロナ禍の中にあって殆どの活動が出来ていない状況にあり、4月から始まり本来であれば歓迎会や宿泊研修などの活動がありますが、現在のところ10月17日に開催した米山学友の懇親会のみにとどまっています。

 米山奨学生は継続奨学生を含めて現在21名ですが、次年度向けて31名の応募があり、その中から18から19名に絞り、受け入れすることを考えています。この受け入れは皆様方の寄付により成り立っており、米山梅吉氏の世界平和、美しい日本、優しい日本への願いを世界に伝承していくためにも、海外からの留学生を支援して日本から送り出していきたいと思いますので、皆様方には1円でも多くのご寄付をよろしくお願いいたします。


〇ショートスピーチ

・米山記念奨学生 ディハール・ディパンジャナ さん

 こんにちは。私は日本で勉強することが出来て嬉しいです。また、この例会に参加できることも嬉しいです。ロータリークラブからのサポートにより日本で勉強することができて、自分の博士論文がオックスフォード大学出版のジャーナルに受け入れられました。皆さんありがとうございました。


〇会員卓話 「人生を振り返って」

・瀬川 俊男 会員

 1948年(昭和23年 鼠年)11月27日生れの71歳、当クラブの同年齢は、伊藤 豊 会員、髙橋 雅行 会員、大石 清司 会員、安藤 泉 会員の5名がおり、戦後のベビーブームを象徴しているかのように思われます。(当時我々は金の卵と言われました。)

 生まれは青森県三沢市に程近い所で、田舎の次男坊として生まれ、兄・姉の三人兄弟の末っ子です。

 そして本日の“人生を振り返って”のテーマですが、多少大げさ過ぎる感はありますが、現在の私があるのはサラリーマン時代に自分が描いていた人生とは全く違う、180度、いや360度違った世界にいるという事です。今こうしてロータリークラブに入会でき、好きなゴルフができ、各業界の皆さんとお付き合いを始め、色々な交流ができているという事です。(私の中では波乱万丈の人生ではないか・・・)

 これからのお話のストーリーは、支離滅裂状態になる事と思いますが、ロータリーの精神に則って、ご理解の程お願いいたします。 

 私の座右の銘としている事は、“すべての出会いに感謝”。現在の私があるのは、これからお話しに出てくる2人の方との出会いが、私の人生を大きく(360度)変えたと言っても過言ではないでしょう。

 私は、八戸の高専を卒業後の相模原市にありました日産系の工場に就職しましたが、家庭は母方の親戚等の事情もあり、2年で北海道の苫小牧に移りました。

 ここで、母方の姉夫婦が経営していた製菓業を継ぐ事になり、姓名が澤口に変わりましたが、自分のする仕事ではないと思い、結局2年で苫小牧から全く右も左も分からない札幌へ出て、ある小さな広告代理店に勤める事ができました。この広告代理店との出会いが、今の私の人生のスタート地点かなと思っています。

 この新札幌ロータリークラブにも広告業の川﨑 貴憲 会員がおりますが、当時の広告代理店(当然印刷の注文)では昼夜を問わず働いていました。

 例えば印刷物(伝票、パンフレット他)は勿論、テレビの広告(15秒スポットが主流)を各企業、商店を回り、商品紹介・商品紹介をする15秒スポットを制作する、それをデザイン(絵コンテ、字コンテ)し、放送局に持ち込む。これを繰り返す毎日が10年、この10年が今の自分を形成させてくれた期間ではないかと思っています。昼は会社等の印刷物、夜はススキノ等のお店の15秒スポットの注文取りから、テレビ局への通い、特に日高晤郎ショーの広告打合せ等は思い出があります。

 実はこの時のクライアントとして、ある製薬会社の社長さんとの出会いがあり、後にこの社長さんより誘われ、会社の役員として転職する事になりました。これが、正にスタートしてから次の人生への大きな曲がり角だったのではないでしょうか。

 私という人間を大きく成長させてくれた広告業界を約10年で辞め、この製薬会社(胃腸薬)に就職し、営業(全国)に内勤(広告・印刷)に多忙な日々でしたが、充実した毎日でした。

 しかしながら、10数年経過し始めた頃、考え方の違いから辞めることに。この事を、当時お取引のあったk社長(私の人生の最も尊敬、そして、人生を導いてくれた方)に報告、相談したところ バックアップするから無理しない程度に起業してみたら、というアドバイスをもらい(この時が46歳、本当の自分の人生の出発点)、このk社長のアドバイスをもらいながら、製薬会社時代にお世話になった全国の消費者、代理店、病院等に商品(A.H.C.C)供給が出来るようになり、5年で自社ビル(これもk社長の自社ビルを持てのアドバイス)を持ち、退くまで21年間一度の赤字を出す事もなくやってこれました。

 何れにせよ、人生の転機を与えてくれた お2人の社長、そして応援して下さった全国の仲間に、ありがとうございました、その一言です。

 人生の出会いに感謝です。どのような人も出会いは大切にしていかなければなりません。

〇最後に 津軽弁で

  “ しゃべれば、しゃべたで、しゃべられるし”

  “ しゃべねば、しゃべねで、しゃべられるし”

 以上、ご清聴ありがとうございました。


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